2011年08月31日

連続ツイート?「予感」

昨日(2011年8月30日)、結果的に「予感」についての連続ツイートとなったので誤字修正して張り付けときます。

仕事で隣まちへ行ったついでに何かがあるような予感がして本屋に寄ると案の定大好きな作家の新刊が出ていた。しかし、そこで終わらなかったのが凄いところ。大好きな漫画家のイラストが女性誌の表紙を飾っているのを発見。
posted at 21:27:33

良い予感、悪い予感、けっこう当たる。けど、良い予感は信じがちで悪い予感は流しがち。これからは悪い予感に対して先手を打つ率直さが必要な気がする。「…気がする」と言うときは当たっていることが多い。
posted at 21:32:57

感というのは根拠がないのではなくて根拠が複合的過ぎて説明しきれないということだと思う。経験、五感が総合的・相補的に結びついたときに働く高次の機能。
posted at 21:41:11

あ、感ではなく勘の方だったかな。これが本当の勘違い?私の場合、直感が先にあって論理(屁理屈)を組み立てることも多い。ただ、その直感の冴えは論理的思考をぐるぐると巡らせる日頃の鍛錬(現実逃避)に依存している気もする。
posted at 21:54:39

一方で、雲の形や川の流れ、木立のシルエットに思考停止して心奪われた経験値の大きさが直感力の底力になっていることは間違いない。「心ここに在らず」を経験したことが、かえって「今ここ」の心持ちを強くする不可思議。
posted at 22:17:36

「今ここ」に集中すると自ずと「流れ」を感じる。ごくまれに淀んでいるときがあるが、そんなときはじっとしていればいい。「流れ」を感じることができればその先に何が待っているかを予感することもできる、はず。直感とはその予感にダイレクトに接続すること。
posted at 22:26:54

勘の恐いところは先入観の延長でしかない場合があること。だから常に常識を疑い自分を疑い続けることが大切。場の空気を読むのは大切だが、同調圧力に屈してはいけない。逆らってもいけない。ただそこに在ることに徹することができるかどうか。
posted at 22:41:20

大切なのは、予感がしたときは自分を信じてみること。常識と違う場合は特に。常識どおりの展開を感じるのは、予感ではなく惰性、あるいは逃避かもしれない。そんなときは自分を疑った方がいい。自信と自疑、その狭間に予感が生まれる。
posted at 23:04:42

…というようなことをつぶやいているうちに何かをつかめるような予感がしたんだけど…答えは夢の中かな。久しぶりに少し読書してから寝ます。おやすみなさい。
posted at 23:06:35
posted by ナスケン at 23:20| Comment(0) | 連続ツイート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月03日

連続ツイート「人間の世紀」

2011年05月21日(土) から2011年05月22日(日)にかけての連続ツイートまとめです。初チャレンジが5連続で今回は6連続と一歩前進しましたが、やっぱりもの足りない。次は@kenichiromogiさんみたく一気に9連続に挑戦してみようかな。

人世(1)21世紀になるときに世間が「環境の世紀になる」とか言ってて何を今さらとせせら笑った。高校の頃から環境問題を考え続け、大学院を出て社会人になったばかりで生意気盛りだったのだ。ボクは「人間の世紀になる」と思った。
posted at 23:17:49

人世(2)21世紀は、テクノロジーの発展で人間とロボットの境界が自明ではなくなり、クローンや遺伝子操作など生命倫理の問題に直面し、「人間とは何か」という根源的な問いと向き合わざるを得ない時代になると。
posted at 23:19:42

人世(3)3.11が契機となり、見ない振りでやり過ごせるはずだった原発の闇を直視せざるを得ない時代になったとき、私たちが直面しているのは、環境と付き合う難しさではなく、意見の異なる人間と付き合う難しさではないか。
posted at 23:24:39

人世(3)意見の異なる相手と議論していると途方に暮れることがしばしばある。堂々巡りで話が前に進まない。価値観が違い過ぎる。同じ人間とは思えない。確かに同じ人間ではない、しかし、同じく人間なのだ。
posted at 23:33:57

人世(4)百歩譲って同じく人間なのだから意見の異なる相手も尊重して生きよう。だからお互い干渉せずそれぞれが自分の価値観と近い者同士でコミュニティを作って暮らしましょう。残念ながらそれは不可能だということをあらためて原発が思い知らせてくれた。
posted at 23:50:22

人世(5)閉じた系の中で暮らす人間の行動は必ず他者に影響を及ぼす。人間とは干渉せざるを得ない存在なのだ。人間という単語が人と間という二文字から成り立っていることがそのことを物語っている。同じ人間とは思えない他人の間に挟まれてこそ自分という人の存在が際立ってくる。
posted at 00:07:52

人世(6)コミュニティ内の同質性がもはや自明ではなく、個に解体され、同じ価値観でつながることすらも難しくなりつつあるこの世紀。さらなる難局も割けられないだろう。この世紀を生き抜くことは「人間とは何か」という問いに真摯な対話と内省で答えることと同義であるように思う。
posted at 00:21:35

向こう3年間の中期戦略を立てようとしていたのに、壮大な話になってしまった…。以上、人間の世紀についての連続ツイートでした。前回の連続ツイート初チャレンジ「期待と信頼」は5回だったから、一歩前進かな?
posted at 00:34:16
posted by ナスケン at 03:05| Comment(0) | 連続ツイート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

連続ツイート「期待と信頼」

脳科学者の茂木健一郎さんがご自身のツイッターアカウント@kenichiromogiでやってらっしゃる朝の連続ツイートのファンで、自分もやってみたいなと思い、チャレンジしてみました。文章の訓練、脳トレとしてちょいちょいやっていこうかと。

記念すべき初チャレンジは2011年05月15日(日) でした。@kenichiromogiさんの9連続ツイートに対して5連続が精一杯…読み返してみるとやっぱりちょっともの足らないですね。

期と信(1)12年前、下川に来たばかりの頃は、期待はされていたけど信頼はなかった。期待を追い風に全速力で突き進んできた結果、期待の一部は信頼に変わり、あるいは失望に変わった。
posted at 09:39:08

期と信(2)期待という追い風は、時に自分を思わぬ方向に導く。そこには新たな自分と出会う喜びと本当の自分から離れてしまったような戸惑いがある。思わぬ方向で信頼という大地に出会った時、私たちはいかに生きるべきか。
posted at 09:46:13

期と信(3)風を待ち軌道修正して再び航海に出るも良し、錨を下ろし新大陸に上陸するも良し。風の人となるか土の人となるか、大切なのは自分で決断すること。そしてその決断に責任を持つことだろう。
posted at 09:59:01

期と信(4)地域とは風土、風と土により形成される。モノや情報を携えて往き来するよそ者=風の人と土地に根ざし、あるいは縛られながら生き、死んでいく地元民=土の人とが織り成す一つの芸術だ。その作品には、人々の期待と信頼、そして失望が色濃く反映されている。
posted at 10:15:33

期と信(5)風の人と土の人が信頼を結ぶ時、そこに新しい風土が生まれる。そして期待という名の新しい風が吹き、信頼と失望のドラマがまた始まる。だれもがそのドラマの主人公だ。
posted at 10:35:36

以上、溜まった洗濯物を片付けながら@kenichiromogi さんの真似して期待と信頼についての連続ツイートしてみました。みなさんは風の人ですか、土の人ですか?私は土の人になったんだろうな。
posted at 10:45:50
posted by ナスケン at 02:53| Comment(0) | 連続ツイート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする